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創刊号 2008.1.21 まこと流まちづくりの地平

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                   _/_/ まこと流まちづくりの地平 _/_/
                 _/_/_/ 第001号_/_/ 2008/01/21 _/_/

                      松本誠のメールマガジン  創刊

         2008年が躍動をはじめました。新聞社の組織から離れて「市民ま
        ちづくり研究所」を発足させてから5年が経過し、今年は6年目に入り
        ます。市民主体のまちづくりと自治体の形成をめざして、市民力の向上
        に寄与することを目的に5年間活動してきました。

         明石で市民のまちづくりにかかわって25年。地方分権改革が本格的
        に進む段階になり、ようやくにして市民が表舞台の主役に登場する芽が
        出てきたように感じます。

         私は2008年の年頭にあたって、年賀状に「市民自治元年」と題し
        たご挨拶を書きました。13年前の阪神・淡路大震災が起きた1995
        年は「ボランティア元年」と称されました。普通の市民が、それまでは
        行政の“独壇場”とされてきた社会的、公共的な分野を市民自身が担う、
        市民活動・NPOが飛躍的に高まるスタートでもありました。

         国の地方分権推進委員会は昨年、第2次分権改革の目標を「自治体を
        自立した完全な“地方政府”として確立する」ことを宣言しています。
        自治体が自立し、完全な地方政府として機能するためには「市民自治」
        が機能しなくてはなりません。

         そうした意味からも、2008年は「市民自治元年」となるように、
        市民と自治体は前進していくことが求められていると考えるからです。

                                   ◇

         この「メールマガジン」は、松本誠がジャーナリストとして、まちづ
        くりのコーディネーターとして、さらには明石における<市民まちづく
        り>の実践者として取り組んできた四半世紀の蓄積を、現在進行してい
        る諸課題にリンクさせながら情報発信していくものです。

         これまでに知り合った数多くの方々に、一方的にお届けします。月に
        2,3回のペースで配信していきたいと思っていますが、ご迷惑な方は
        文末に記載しているように、その旨を返信していただければ配信を取り
        やめます。お読みいただいた方には、ご感想や論説に対する異論・反論
        などご意見をいただければ幸いです。

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_/_/_/ 呑兵衛逍遙 === 13回目の「1.17」===

         13回目の「1.17」が終わった。早くも震災から14年目に入る。あ
        の大震災を体験した人々はあれ以来、正月よりも「1.17」の節目の方が
        大きな存在と意識している人が少なくない。災害の犠牲になった人たち
        の魂を数えるようなロウソクの灯を求めて、被災地のあちらこちらで開
        かれた追悼、慰霊の会場へ巡礼のように足を向ける。

        _/_/ 次の大規模災害へのカウントダウン

         「戦後63年」などのように、過去の重要な事件からの時間経過を示
        す「周年」を示すとともに、「1.17」はもう一つの意味を持つ。13年
        前のあの体験以降「21世紀は自然災害の世紀」ともいわれ、とくに次
        の巨大地震に襲われる時期が年を追うごとに近づいてくるからだ。いわ
        ば、阪神・淡路大震災からの経過年月は、次の巨大地震に見舞われる時
        期の「カウントダウン」の意味合いを持っている。年越しのカウントダ
        ウンと異なるのは、その時期が特定できないが年を追うごとに確実に切
        迫してくることである。

        _/_/ 進まない「減災」対策

         30年以内の発生確率50%の南海大地震、東南海大地震は60%の
        確率で発生するという。首都圏直下型大地震は70%の確率、東海地震
        に至っては「いつ起きてもおかしくない」という。

         だが、13年前をはるかに上回る被害が予測されるというのに、政府
        も人々もいたって鷹揚だ。長周期の地震に対して対策の決め手がないと
        いう超高層マンションは、建てるだけ建てておいた挙句、行政も業界も
        これから実験をして対策を考えるという。

         心の痛手を継承していくことは周年行事でやれても、致命的な被害を
        避けるための「減災対策」は遅々として進んでいない。やはり、自分の
        身は自分で守るしか、災害の世紀から生き延びる方法はないのかもしれ
        ない。

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_/_/_/ 明石まちづくり小史 <1> === 鉄道の夜明け ===

         2008年は1888年に山陽鉄道神戸―明石間が開通してからちょ
        うど120年の節目の年にあたる。明石市は昨年から、JR明石−西明
        石間に新駅を開設するという市長の提案で揺れている。新年早々の1月
        27日には「交通政策シンポジウム」を開いて、市民の理解を得ようと
        いう。

         「明石まちづくり小史」は、古来から“交通の要衝”として開けてき
        た明石の交通事情からはじめよう。初回は今年でちょうど満120年を
        迎える「鉄道の夜明け」からスタートする。

         新橋―横浜間に日本最初の鉄道が開通したのは明治5年(1872年)。
        2年後には神戸―大阪間に官設鉄道が開通しているから、関西の鉄道の
        歴史は早い。

         明治19年、時の兵庫県知事内海忠勝が神戸−姫路間の鉄道敷設を提
        案、国が下関までの敷設を決定して山陽鉄道会社が発足し、21年には
        兵庫―姫路間を着工。わずか5ヶ月で11月1日には、兵庫―明石間に
        陸蒸気(おかじょうき)が走った。所要時間42分は120年前として
        は速い。1万500平方メートルにおよぶ明石駅前は一面の広っぱだっ
        た。その年12月23日には姫路まで開通した。

         神戸―姫路間の開通時の途中駅は兵庫、須磨、垂水、明石、大久保、
        土山、加古川、阿弥陀(宝殿)の8駅。当初は二見を通過する予定だっ
        たが、物資の集散地として活況を呈していた二見港の住民の一部が反対
        し、二見、魚住、阿閇(あえ=現在の播磨町)、加古川の各村が境界を
        接する場所を選んで土山になった。当時は同じような理由で、宝殿(高
        砂)、上郡(赤穂)など既存の中心街を離れて駅ができた例は少なくな
        い。

         兵庫―姫路間は明治32年(1899)に複線開通し、同39年の鉄
        道国有化法で国鉄山陽本線になった。山陽鉄道の国有化と同時に、神戸
        の民間資本は兵庫電気鉄道会社を創立し、兵庫―明石間に電気鉄道の敷
        設を計画。明治43年(1910)に兵庫電鉄兵庫―須磨間が開通、順
        次西へ延ばして大正6年(1917)4月12日には兵庫―明石間が全
        通した。当時は西本町まで臨港線を延ばして淡路への連絡船と直結、明
        治末から盛んになっていた淡路航路との利便を図った。

         大正12年(1923)には神戸姫路電鉄が明石―姫路間の海岸線を
        結ぶ電鉄を開通させ、昭和2年(1927)には両電鉄が合併し(後に
        山陽電鉄)兵庫―姫路間の直通運転が開始された。昭和10年には京都
        ―神戸間の省線電車(鉄道省の直轄電車からこう呼ばれた)が明石まで
        延び、明石駅に裏駅が開設され、明石は電車時代に入った。

         明治時代の鉄道敷設は、富国強兵を進める国策として推進された。山
        陽鉄道が広島まで開通した年にはじまった日清戦争では、出征部隊を広
        島・宇品港から出帆させるために、宣戦布告から2週間余で宇品線を突
        貫工事で完成させ、開通したばかりの山陽鉄道が活用された。戦後の高
        度成長下で進められた山陽新幹線は、戦時中に計画された“弾丸列車”
        の予定地も一部活用された。後にみる西明石駅の開設も、戦時中の巨大
        な軍需工場だった川崎航空機(現在の川重)への勤労動員のために開設
        された駅がスタートだった。

         鉄道駅の開設と駅前のまちづくりには、これからのまちづくりを考え
        るうえでさまざまなヒントが秘められている。明石市内の「えき物語」
        は、回をあらためて順次振り返ってみよう。

                                        (明石市史の下巻を主として参照)

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_/_/_/ まちづくり異聞 (イベント案内、その他)

        _/_/ 明石市交通政策シンポジウム

         1月27日(日)14時〜16時30分 サンピア明石5階ホール
         明石市が昨年5月に策定した「総合交通計画」を通しての将来の公共
        交通について考えるシンポジウム。
        「コミュニティバス(たこバス)」「新駅(JR西明石〜明石間)」「連
        続立体交差事業(山陽西新町駅周辺整備事業)」という3つの主要プロ
        ジェクトを説明し、総合交通計画策定委員長だった新田保次大阪大学教
        授や、同副委員長だった正司健一神戸大学教授などによるパネルディス
        カッションを行う。詳細は市のホームページ参照↓
       http://www.city.akashi.hyogo.jp/doboku/doukei_ka/kotsu_sympo.html

        _/_/ 映画「日本の青空」明石上映会

         2月3日(日) 明石駅前のアスピア9階ホール
        日本国憲法誕生の真相を、60年を経て映像に結んだ大澤豊監督作品。
        ピースネット明石などで組織した、映画「日本の青空」をみる明石の会
        主催。明石駅前のアスピア北館9階の生涯学習センターホールで14時、
        16時半、18時50分の3回上映。当日一般1200円(前売券10
        00円)。詳細はピースネット明石のホームページ参照↓
                                            http://peace-net-akashi.org/

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_/_/_/ 発行: 市民まちづくり研究所 / 松本誠 MATSUMOTO,Makoto
        http://matsumoto2008.com
        e-mail:makoto@matsumoto2008.com
        e-mail:matsumoto-mk@nifty.com
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        ※転送・引用・その他の活用を歓迎します。
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最終更新時間:2008年03月01日 00時56分14秒