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分権時代の川づくり


分権時代の川づくり ── 二級河川・武庫川でめざしたもの

総合治水と合意形成に果たす流域委員会の役割
流域民主主義はどこまで可能か?

松本 誠 (武庫川流域委員会委員長)

「川辺の民主主義〜河川・ダム行政から民主主義を問う」
2008年4月 アットワークス社刊

一.はじめに

 総合的な治水対策を流域全体で進めるために、流域委員会は第三者機関としてどこまで役割を果たせるか? 四年前の二〇〇四年三月に武庫川流域委員会がスタートしたとき、委員の多くが抱いた抱負と不安だった。ひと足先に画期的な審議を重ねていた淀川水系流域委員会というモデル(淀川モデル)がすぐ目の前にはあったが、一級河川の中でも“横綱格”の淀川とはスケールと構えが違う。世間からの注目のされ方も段違いである。だが、一年におよぶ公開の準備会議から本委員会へバトンタッチされた重みをかみしめ、第一回委員会で「旧来の諮問機関的なシナリオを持たず、徹底的な討議によって合意形成をめざし“海図なき航海”へ踏み出す」と宣言してはじまったのが、兵庫県知事管理の二級河川、武庫川流域委員会だった。

 二年半で二百二十九回、延べ一千時間近い会議を重ねて、県が河川整備の基本方針と整備計画の原案をつくる「指針」となる提言書「武庫川の総合治水へ向けて」をとりまとめた。向こう三十年間の河川整備計画の中では、新規ダムの建設は不要であるという結論を圧倒的多数の合意でとりまとめ、流域全体で取り組む「総合的な川づくり」の指針を示した。

 国土交通省という縦割りの機関が管理する一級河川と異なり、あらゆる行政に責任を持ち総合的な政策決定ができる県知事が管理する二級河川でこそ、総合的な川づくりが可能であるという「地方分権時代」を先取りした河川行政の展開を求めた。さらには、地方分権の「補完性の原理」を貫き、県の独善的な管理下にある川づくりを、基礎自治体の流域七市と流域住民とが県と協働して進める新しい「流域管理」の考え方を打ち出した。

 ある意味では、こうした画期的な提言がどのように陽の目を見るか。流域委員会は基本方針と整備計画の策定まで当初の委員がそのまま継続して審議の任に当たるという、第三者機関としても新しい責任を担おうとしている。

 本稿では、そうした武庫川での川づくりが、河川法改正から十年を経た新しい展開の中で、どのような展望と課題を見い出しているのかを提起してみたい。

二.武庫川の経緯と背景

 武庫川は兵庫県の南東部、丹波・篠山の中山間地の源流から大阪湾に面した阪神間の都市部まで本川の全長約六十五キロメートル。篠山、三田、神戸、宝塚、伊丹、西宮、尼崎の七市を流域に持ち、下流部の氾濫域まで含めた「流域圏」は約五百四十平方キロメートル、約百万人が暮らしている。支流には五つの利水専用ダムと一つの多目的ダムがあるが、本流にはダムがない。上流部にあたる三田市や神戸市北区では大規模な宅地開発が行われ、流域全体の保水・遊水能力が低下しているため、いったん豪雨に見舞われると一気に増水して洪水が起きやすい。

 兵庫県は一九七九年に、宝塚市の市街地のすぐ上流から武田尾温泉付近までつながる武田尾渓谷(武庫川峡谷とも呼ぶ)へのダム建設予備調査に着手し、ダム建設計画を進めてきた。九三年に「武庫川ダム」として事業採択されたころから、渓谷の環境破壊を懸念するダム反対運動が広がり、河川法の改正もあって県は二〇〇〇年九月にダム計画を白紙に戻すことを表明し、「治水対策に対する合意形成の新たな取り組みを行うとともに、遊水地や雨水の貯留・浸透等の流域での対応も含めた総合的な治水対策の検討を進める」ことに踏み切った。

 九〇年代後半にダム建設への逆風が吹く中で、一時は旧建設省のダム事業総点検によって「足踏みダム」に指定された。指定解除と同時に提出した環境影響評価概要書に対して七百八件もの意見書が出され、県の環境影響評価審査会が事実上の計画見直しを盛り込んだ答申を出したこともあるが、阪神・淡路大震災以降「参画と協働」を県政の大きな柱に掲げてきた兵庫県にとっては思い切った決断でもあった。

三.“武庫川方式”めざした流域委員会の特徴

 兵庫県は「環境重視」と「住民参加」という河川法改正の趣旨を踏まえて、県管理の二級河川三十四水系で次々に委員会を設置し、新しい河川整備基本方針と整備計画の策定を進めている。しかし、基本方針の段階から諮問した流域委員会は三水系にすぎず、中でも、武庫川はダム問題の長い経緯があることから、他の水系とは異なり、より住民参加を徹底した方式で進めてきた。

 委員会の設置にあたっては、ダム反対運動に取り組んできた住民を含めた住民参加の「準備会議」を設置し、流域委員会の位置づけや運営方法、メンバー構成と人選まで、一年間にわたって公開の会議の場で協議し、知事に提言書を提出した。少し早く先行していた淀川水系流域委員会の方式を学んだものだったが、知事の諮問機関をこのようなアプローチで発足させたのは画期的だった。

 二〇〇四年三月に発足した武庫川流域委員会は、二十五名の委員のうち十名は六十五名の応募者から準備会議が選んだ公募委員であり、推薦により選ばれた専門委員にも河川や環境関係の専門家のほか財政や法律、まちづくりなどの専門家も入った。公募委員の多くも、武庫川の環境問題や流域のまちづくりに長年取り組んできた人や、環境やまちづくりを専門とするコンサルタント、森林や砂防行政にかかわってきた経験を持つ専門知識を持った人が多い。行政が設置する諮問機関の委員の選考はほとんどの場合、担当部局が選考しているが、委員の選考や委員会運営を公開の準備会議で議論してとりまとめ、その提言にもとづいて委員会を発足させた例は、淀川水系流域委員会などの事例を除けばまだ全国的にも少ない。

 委員会はまず、基本方針や整備計画の原案を県が作成するための指針をまとめるための提言書づくりに取り組んだ。二年半で四十九回におよぶ全体委員会を月に二回のペースで開催するとともに、専門的な課題に対応するためにワーキングチームやワーキンググループの会議、一般住民の意見を聞き委員と意見交換する「リバーミーティング」、委員会の運営の一切を取り仕切る運営委員会などを開催した。これらの諸会議は、二年半に二百二十九回、延べ千時間近くにおよんだ。諸会議の大半は、コアメンバーは決めていたが二十五名の委員はいずれも自由に出席し、同等の発言をできるようにしていたから、委員の過半数あるいは全体会議に匹敵する出席者で開催した会議も少なくなかった。

 「住民合意のもとに川づくりをすすめる」という委員会の趣旨を尊重するために、安易な多数決による意思決定を可能な限り避けて、大多数が納得できるまで議論を尽くすことを重視した。膨大な討議時間を費やしたのは、その結果でもある。新規ダムの取り扱いなど整備計画の重要な部分では、当初は意見が二分されていたのが終盤では圧倒的多数の意見に集約することができた。こうした運営方式が寄与した成果が大きい。

 委員会の運営では、「公開の原則」や「自主運営の原則」を基本とし、透明性の確保や審議の順序、スケジュール、資料の準備指示も委員会主導で行った。

四.総合治水の全面展開をめざす

 戦後の治水対策は、川底を掘削し、堤防を築き、上流にダムを建設して洪水を川の中に封じ込めることに重点を置いてきたが、「川の中だけで治水を考える」ことには限界があった。自然環境や水の循環機能に悪影響があり、財政的な負担も大きいことから、九〇年代以降は「総合治水」の考え方が広がった。流域全体で保水・遊水機能を確保し、降った雨が川へ一気に流入することを抑制するとともに、川から水があふれても最小限の被害ですむように建築や土地利用に配慮しておく総合的な「まちづくりの視点」を組み入れることである。

 ここ十年あまり、こうした川づくりは全国的に断片的には導入されていたが、武庫川流域委員会はこのような総合治水を全面的に展開することをめざした。森林や水田、ため池、学校や公園、防災調整池を活用した流域対策を最大限に取り入れることや、上流部における遊水地の確保、既存利水ダムの治水への活用、多目的ダムの治水容量の増量など“水余り”状況を踏まえた対策を提案した。

 まちづくりの視点も重視し、流域の景観や河川空間活用の見直しとともに、河川への負担を軽減する土地利用政策を進めることや、水害に備える都市と土地利用の具体策も盛り込んだ。雨水の流出増をもたらす開発の規制や、街区と建物の耐水化、浸水危険地区の土地利用規制、河道拡幅を都市計画事業と連携して進めることなどの具体案を提言した。
また、いかなる計画を立てても、洪水が川からあふれる危険性に備えた危機管理体制を普段から行政と住民が連携して備えておくことの重要性を提起し、具体的な対応策を総合的に提言したことなど、これまでにない川づくりへの指針を盛り込んだ。

 このような総合的な川づくり計画を進める結果として、県が計画していた武庫川ダム計画は、少なくとも向こう三十年間の具体的な河川整備計画では不要であるという結論にたどりついた。

 理由の一つは、新規ダム計画は武庫川渓谷の自然環境への負荷が大きく、現時点では環境面を含めたダム計画の可否を検討する材料を欠いていることだった。環境面への影響についての事前の評価なくして、ダム計画を組み入れることはできないということを明確にした。

 もう一つの理由は、超長期の検討課題である「河川整備基本方針」では、他の選択肢を優先することを前提に新規ダムも選択肢の一つとして残したが、当面の三十年間の整備計画では新規ダム代替案を優先的に検討すれば、新規ダムなしでも整備目標流量をクリアーできるという見通しが立ったからである。

五.新規ダムの選択肢にこだわる河川行政への対応

 二〇〇六年八月末に取りまとめて知事に提出した「提言書」は、以上のような趣旨を盛り込み、二百ページ近い全文を委員の手で書き上げた。これに対して県は即座に、「従来の発想にとらわれない斬新的な提案や、環境やまちづくりからの視点」(知事)と評価する一方、具体的な提言内容については技術的、経済的検証を加え、実現性と効果について専門的に検討していくと、総合治水の具体的な対策の採用については慎重な姿勢を示した。

 とくに、整備計画の目標流量、治水安全度、流域対策の実現性とその効果量、既存ダムの治水活用の実現性と効果量、新規ダムの環境へおよぼす影響などについて、県の河川審議会に諮問して専門部会を設置し、技術的、経済的検証・精査を加えるとした。また、県庁内の横断的な部署や流域関係市等からなる「総合治水対策連絡協議会」や、既存ダムの管理者である水道事業者等からなる「既存ダム活用協議会」を設置し、提言された施策の効果的実現方法について検討を加えることも明らかにした。

 こうした結果、基本方針の原案は予定通り約半年後に提示するが、整備計画の原案策定には三年間の調査検討期間を経て、原案提示は二〇〇九年九月になるスケジュールを示した。同時に県は、この年十月一日付けで副知事を委員長に関係各部長で構成する「武庫川総合治水推進会議」を設置し、県土整備部に武庫川対策室と武庫川企画調整課を置いた。提言書の第八章で提案した、総合治水の武庫川づくりを推進する行政側の体制をいち早く取り入れたものだが、「武庫川だけを特別扱いする」という声のある中で、「武庫川をモデルとして新しい川づくりのあり方を試行する」と積極的な姿勢を示した。

 こうした県の対応が何を意味しているかは、翌二〇〇七年七月初めに再開された流域委員会で提示された「基本方針原案」の中でもにじみ出てくることになるが、県はいったんは白紙に戻したはずの武庫川ダム計画という選択肢へのこだわりを捨て切れず、整備計画段階でも新規ダム計画の可能性を追求しようという姿勢の表れでもあった。

 流域委員会は提言書をまとめるまでに二年半を費やしたが、その多くは基本高水の選定の議論に費やされ、肝心の流域対策や既存ダムの活用についての技術的、経済的検討が不十分に終わり、提言後の県の検討作業に委ねざるを得なかった面があった。こうした隘路を衝いて、県の責任のもとに先送りしていた検証課題を調査検討し、原案作成に反映させようということでもあった。

 流域委員会があくまでも諮問機関であり、その意見にもとづいて河川管理者である県が提言の実現の可能性を検討し原案をつくるのは行政責任として当然のこととするならば、委員会の役割には一定の限界があることも事実である。提言づくりの過程で見え隠れしていたこうした県の姿勢に対して、委員会と県の間でしばしば火花が飛ぶ議論があったのも当然である。

六.基本方針原案の審議と大幅な加筆・修正

 県から提示された「武庫川水系河川整備基本方針」の原案の内容は、流域全体で河川整備を考える総合治水への取り組み姿勢が極めて消極的で、旧来型の河川行政に立ち戻ったかのような印象を与えた。これに対して、流域委員会は各委員から提出された三百項目を超える意見について逐一協議を重ね、五回の流域委員会(全体会)と十回におよぶ運営委員会で長時間かけて審議した。

 県は当初、原案に対して委員会の意見をまとめて答申して欲しいという要請をしたが、委員会側は「言いっぱなしで、後は県に委ねる無責任な対応はしない。意見は具体的な修正・加筆課題として一つずつ協議して、“合意”できるものは両者で確認し、修正を重ねていきたい」と、一つひとつの問題点について双方が歩み寄る形で原案への修正作業を重ねていった。この結果、県は最終的には十数回にわたって修正版を更新し、「基本方針」の構成はじめ本編はほとんど書き改められ、大幅に加筆・修正が行われた。

 下記に記す「答申書」では、こうした原案修正プロセスについて、次のように高く評価している。

 「よりよい方針づくりを目指そうとする共通の思い」によって、「流域委員会という場を通じたよりよい内容の基本方針への意見提案」と、互いの意見を理解しようとする「流域住民・委員会と管理者双方の努力」で形成される「参画と協働のプロセスの成果として仕上がった文書」という性格を持つものであって、関係者の協働作業の成果である。

 (中略)この一連のプロセスを支えてきたものは、一般住民の関心をはじめ、委員会と管理者双方の熱意と根気にある。双方が時間をかけて粘り強い協議を重ね、可能な限りの“合意”を図るという姿勢を貫いた結果でもある。基本方針で決定的な対立点を残したままでは、次に控える整備計画の審議に大きな禍根を残すと懸念したからである。

 こうした評価と重要な修正内容、さらには両者で“合意”できないまま、さらなる修正要求として河川管理者である知事に対して再考を求めた問題点などは、二十四ページにわたる「基本方針原案についての意見書」(答申書)に詳細に記述した。答申書では、基本方針のさらなる修正とともに、今後の課題や整備計画の原案策定に向けた課題についても八項目にわたって指摘した。

政策目標を明記した“総合治水宣言”

 大幅な加筆・修正によって委員会が評価した中身の幾つかを紹介すると、第一に、河川整備の「政策目標」が明記されたことが挙げられる。すなわち「想定を超える事態においても第一に人的被害の回避・軽減を図ること、第二にライフラインや緊急輸送路等守るべき機能を明確にして防御することにより県民生活や社会経済活動への深刻なダメージを回避することを目標として総合的な治水対策及び安定した利水対策を推進する」と、県民に約束する政策目標を明確にした。いわゆる「超過洪水」に対しても、深刻なダメージを回避するために総合的な治水・利水対策に取り組むという“宣言”をしたことは、河川行政として画期的である。

 第二には、個別の流域対策についてはさらに努力を期待したい部分を残したが、総合的な治水へ流域全体で取り組むことを明記したことも重要である。兵庫県が武庫川をモデルとして総合治水に取り組む「総合治水宣言」になったことである。

 第三には、「武庫川らしさ」を反映した基本方針になったことである。この種の法定文書は、ともすれば国土交通省の“ひな型”を踏襲し、固有名詞を取り替えればどこの河川の基本方針かわからないものになりがちだが、武庫川では基本方針の骨格となる理念の中に、治水と環境保全の両方に対する方針を書き込んだほか、河川整備のすべての段階で流域住民等との参画と協働によって推進する方針を明記している。文書の構成についても、一般県民に分かりやすい、読みやすい文書とするための「序文」を冒頭に付けたことも大きな特徴である。

 このほか、「想定を超える洪水(超過洪水)のレベルでも、天井川である武庫川の堤防が決壊して壊滅的な被害をもたらさないような堤防強化策に取り組む」ことや、「まちづくりと一体となった川づくり」の記述を明瞭にした。また「武庫川水系に生息・生育する生物及びその生活環境の持続に関する二つの原則」を明記したことや、内水面漁業と魚類(水生動物)の生活環境の保全・再生について「アユ等の魚類にとってより望ましい武庫川とするため、産卵や生息の場として利用されている瀬、淵の保全や、移動の連続性の向上に努める」と明記し、このことは「武庫川でも天然アユの遡上復活をめざす」ことを意味すると河川管理者が確認したことなどは、今後に大きな意義を持つ。

七.二年後の整備計画策定へ向けて問われる「流域自治」

 とはいえ、武庫川問題で流域住民の関心が最も高い「新規ダム」計画の行方は、二年後の整備計画原案の審議に持ち越されている。基本方針段階では、新規ダム以外の代替対策を優先して検討するように主張した委員会に対して、県は一貫して「特定の選択肢を優先して検討するわけにいかない」という姿勢を崩さず、これに関する修正要求はついに容れられなかった。このことは必ずしも、現時点で県が新規ダムを前提に進めているということにはならないが、そうした疑念を一般に抱かせるには十分である。

 したがって、県が大がかりな予算を組んで、武庫川渓谷の環境調査や既存ダムの治水活用の技術的、経済的可能性を現在調査検討している結果次第では、流域委員会の提言と真っ向から対立することにもなりかねない。

 委員会は、県が原案を策定するまでじっと待っているというスタンスを取っていない。全体委員会は事実上の休会に入っているが、その権限を委任された運営委員会は定期的に開催し、県の検討作業の報告を求め、その適否について議論を重ねていくことにしている。他方で、県の技術的、経済的検討とは別に、政策選択に大きな影響をおよぼすのは、流域住民と自治体(七市)である。

 答申書でも触れているが、「参画と協働」による河川行政の推進は、県と流域委員会との“協働”が行われていれば成就するわけではない。流域委員会は諮問機関として、第三者機関としてその役割を果たす立場にあるが、「参画と協働」を掲げる限りは、流域の住民や事業者、自治体との緊密な参画と協働が伴わねば、目的を果たせない。総合治水はすでに、河川管理者だけでは行えない。流域全体での取り組みを必要としており、それは行政機関だけでも対応し得ない。

流域連携づくりへ委員主導でNPO立ち上げ

 流域委員会は提言で提起した「武庫川流域圏会議」や「武庫川学会」の設立と始動へ向けて、委員の三分の二が有志として参加し、多様な流域住民とともに「武庫川づくりと流域連携を進める会」を発足させて、助成金等を独自に申請してシンポジウムや交流会、ガイドブックの編集等のNPO的な活動を始めている。こうした流域での新たな活動が、広範な流域住民や事業者、自治体との連携活動を生み出し、ひいては河川管理者との武庫川づくりのパートナーとなるという展望を抱いている。こうした展開なしには、総合治水は進まないことは、これまでの委員会の議論の中で明確になっており、委員会が重視してきたことでもある。

 だが残念ながら、河川管理者とそのスタッフの多くは今のところ、武庫川でのこうした流域連携への関わりに感度が鈍く、極めて消極的である。言い換えれば、河川行政は河川部局が行うという旧来型の感覚からまだ抜け切れていないことの表れでもある。このような姿勢では、自治体の水道事業者との協議と説得が必要な既存ダムの治水活用はもちろん、森林の保水機能の向上や水田やため池、学校・公園などの流域対策の実効性を確保できず、結果として流域対策の分野でも消極的な計画しか立案できなくなる。危機管理対策における都市計画行政との連携も同じことがいえる。

分権時代視野に流域自治を模索

 武庫川流域委員会では発足以来四年間、進展する地方分権を常に視野に置きながら議論してきた。“縦割り行政”の典型例である国土交通省が管理する一級河川に比べて、選挙で選ばれた自治体の長であり、総合的な行政の責任者である県知事が管理する二級河川は、より総合的な河川行政に取り組みやすく、総合治水を進めるのに都合のよいシステムである。

 いま、第二次地方分権改革において、一級河川の大半を県管理に移譲することが具体的な俎上に上っている。住民により身近な自治体が、住民により身近な行政に責任を持つという地方分権の「補完性の原理」からしても、河川行政は都道府県に移譲し、都道府県は流域市町村との連携を密にして、市町村も流域の住民や事業者、コミュニティ組織との連携を強めて、河川の流域管理の実を上げていかねばならない時期にきている。

 川は千差万別の表情を持っている。川はその地域の自然や歴史と文化、人々の暮らしと密接に関わりを持っており、全国画一的な管理にそぐわない。都道府県の中でも、川によってその様相は大きく異なり、川の性格と流域の実情は市町村や流域住民が一番よく知っている。そうした人々の声に耳を傾け、川と流域との付き合い方を流域の人々と自治体に委ねていくことが、流域自治の出発点になるに違いない。

 現在進行中の第二次分権改革は、立法、行政、財政の完全な自治権を持った地方政府の確立をめざしている。国が握っている権限や財源の多くを地方自治体に移譲し、住民の暮らしにかかわる環境やまちづくり、防災、教育、福祉などの行政をそれぞれの地域が創意工夫を凝らして総合的な地域づくりを行っていく基盤を形づくるためである。その際に何よりも重要なのは、あらゆる行政に「住民自治」の仕組みを実体的につくりだしていくことである。

 兵庫県が掲げる「参画と協働」の県政は、そうした流れの中で「住民主体」に基礎をおいた「住民参加」と「協働」を築いていかねばならない。協働は「対等・協力」の関係を前提に「住民と行政」の協働のみならず「住民と住民」「県と市町村」の協働にもおよぶ。

 そうした中で、第三者機関の果たす役割は、重要である。武庫川がその一つのモデルを生み出すべく、長丁場の流域委員会にかかわっていきたい。 (了)

最終更新時間:2011年02月17日 22時03分35秒