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分権型流域管理への試金石


分権型流域管理への試金石

武庫川流域委員会七年の意義と課題

松本 誠
市民まちづくり研究所 所長
兵庫県・武庫川流域委員会委員長

※「市政研究」(大阪市政調査会 第170号 2011年1月25日発行)所収

 二〇〇九年の政権交代以降、戦後の公共土木事業の中で大きな論点であった「ダム依存の河川行政」が大きく転換され、「ダムに頼らない川づくり」が全国的に大きな現実的課題になっている。関西では淀川の河川整備をめぐってこの十年間、河川行政が大揺れに揺れてきたが、兵庫県の武庫川は県管理の二級河川であるために淀川ほどには注目されなかったものの、着工寸前までいっていたダム計画を白紙に戻した後、十年間かけて二〇一〇年秋には「ダムに頼らない河川整備計画」を策定することができた。
 筆者は、武庫川流域委員会の委員長として七年間におよぶこの審議にかかわってきたが、武庫川では河川行政の転換を先取りし、ダム計画を当面する整備計画から除外しただけではなく、震災体験も生かして地方分権型の流域管理に一歩を踏み出したといえる。委員会が「武庫川方式」あるいは「武庫川モデル」と呼ぶ武庫川流域委員会の取り組みと、総合治水への実験的川づくりの意義や今後の課題をまとめてみたい。

一、武庫川の現況と河川整備計画の経緯

 武庫川は兵庫県の南東部、丹波・篠山の中山間地の源流から大阪湾に面した阪神間の都市部まで、本川の全長約六十五キロメートルの兵庫県知事管理の二級河川である。篠山、三田、神戸、宝塚、伊丹、西宮、尼崎の七市を流域に持ち、下流部の氾濫域まで含めた「流域圏」は約五百八十平方キロメートル、約百四十万人が暮らし、うち約百万人が下流域の密集市街地に居住している。支流には五つの利水専用ダムと一つの多目的ダムがあるが、本流にはダムがない。上流部にあたる三田市や神戸市北区では大規模な宅地開発が行われ、流域全体の保水・遊水能力が低下しているため、いったん豪雨に見舞われると一気に増水して洪水が起きやすい。
 兵庫県は河口から約十九キロ地点、宝塚市の市街地のすぐ上流部から武田尾温泉付近までの武田尾渓谷(武庫川峡谷)へのダム建設計画を早くから進めてきた。一九九三年にダム計画が事業採択されたころから渓谷の環境破壊を懸念するダム反対運動が広がり、河川法の改正もあって県は二〇〇〇年九月にダム計画を白紙に戻すことを表明し、「治水対策に対する合意形成の新たな取り組みを行うとともに、遊水地や雨水の貯留・浸透等の流域での対応も含めた総合的な治水対策の検討を進める」ことに踏み切った。
 ダム建設への逆風が吹いた一九九〇年代後半、一時は旧建設省のダム事業総点検によって「足踏みダム」に指定されたり、指定解除と同時に提出し環境影響評価概要書に対して七百八件もの意見書が出され、県の環境影響評価審査会が事実上の計画見直しを盛り込んだ答申を出したこともあるが、阪神・淡路大震災以降「参画と協働」を県政の最重要指針としてきた兵庫県にとっては、当時としては思い切った決断をせざるを得なかったといえる。

二、「武庫川方式」めざした流域委員会の特徴

 筆者は武庫川以前に、兵庫県内の幾つかの県管理河川の新しい河川整備計画づくりに関わっていた。武庫川の場合は、大規模ダム計画をめぐって県とダム反対住民運動が真っ向から対立したままで、この関係を解きほぐすことから始めねばならず、河川行政担当者もこうした状況下での「住民参加」や「総合治水」の推進について、具体的な対応方策を持ち合わせていなかった。
 新しい事態に立った直後から県の担当者から相談を受けた筆者は、まず河川行政とダム反対住民運動がこれまでの対立関係を解消し、不信感を取り除き、新しい川づくりへの共通土俵をつくることをアドバイスした。幾つかの困難を乗り越えながら、県と運動団体との話し合いが重ねられ、情報共有を前進させながら、一緒に勉強会や見学会を重ねていった。他方、筆者が当時在籍していた地元新聞社が企画運営主体となって「武庫川の新しい川づくりをどう進めるか」をテーマにしたシンポジウムを開催し、ダム建設を批判する学識者も交えての公開討論を初めて行った。
 こうした二年間にわたる水面下の努力のうえで、二〇〇三年三月には「(仮称)武庫川委員会」準備会議が発足した。準備会議は複数のダム反対住民運動団体の代表や支援する学識者も含めて十一名の委員で構成し、どのような性格と運営方式をもった委員会にするのか、メンバー構成や人選も含めて公開の会議で十七回におよぶ審議を重ねた。流域委員会はその提言書に基づいて二〇〇四年三月にようやく発足した。
 このような経緯は、ひと足先に発足していた淀川流域委員会方式に学んだものであるが、行政の諮問機関をこのようなプロセスでスタートさせたこと自体が画期的であり、兵庫県でも未だ武庫川流域委員会以外には同じようなプロセスを踏んだ委員会はない。
 武庫川流域委員会は二十五名のうち委員のうち十名は六十五名の応募者から準備会議が選んだ公募委員であり、多くは武庫川の環境問題や流域のまちづくりに長年取り組んできた人、環境やまちづくりを専門とするコンサルタント、森林や砂防行政にかかわってきた経験を持つ専門知識を持った人が多い。また、推薦により選ばれた専門委員にも、河川や環境関係の専門家のほか財政や法律、まちづくりなどの専門家も入った。

三、「合意形成の場」の実験場と化した第三者機関

 「住民合意のもとに川づくりを進める」という流域委員会の趣旨を尊重するために、委員会は「安易な多数決」による意思決定を可能な限り避けて、大多数が納得できるまで議論を尽くすことを重視した運営に徹した。その結果、膨大な討議時間を費やした。
 委員会は先ず、河川整備基本方針や整備計画の原案を県が作成するための指針とするための「提言書」づくりに取り組んだ。二年半で四十九回に及ぶ全体委員会を月に二回のペースで開催するとともに、専門的な課題に対応するためにワーキングチームやワーキンググループの会議、一般住民の意見を聴き委員と意見交換する公聴会「リバーミーティング」を二カ月に一回のペースで開催した。委員会の運営の一切を取り仕切る運営委員会はじめ、諸会議は委員の誰でも自由に出席し発言できるようにしていたから、いずれの会議も委員の過半数あるいは全体会議に匹敵する出席者で議論した会議も少なくない。これらの諸会議は二年半で二百二十九回、いずれの会議も4〜5時間が常態、8時間に及ぶこともしばしばあったから、会議時間数は延べ千時間近くに及んだ。
 もちろん、委員会の運営は「公開の原則」や「自主運営の原則」を基本とし、透明性の確保や審議の順序、スケジュール、資料の準備指示も委員会主導で行った。
 こうした結果、新規ダムの取り扱いなど重要な部分では、当初は意見が二分されていたのが、終盤では圧倒的多数の意見に集約することができて、「ダムに頼らない川づくり」をめざした提言書を全会一致でまとめることができた。
 
 審議会等の第三者機関は、いまでも「行政の隠れ蓑」と見られがちである。実際の運営を見れば、所管する行政担当者が恣意的に委員メンバーを選び、行政の提出した案に委員は意見を述べるだけにとどまっていることが少なくない。委員の側もそれがオーソドックスな委員会運営だと思い込んでいることが多いから、武庫川流域委員会の運営に際しては“委員会慣れ”している委員はしばしば戸惑いを隠せず、発言でも「我々はどこまで意見を言えるのか?」と行政側に問いかけるケースも少なくなかった。そのたびに「委員会の主体性」をどう確保するかの議論が委員内部でも交わされ、新しい第三者機関のあり方を試行錯誤的に実践することにもなった。
 武庫川流域委員会が果たしたもう一つの役割は、膨大な委員会審議を通じて、行政職員の意識改革を促したことである。
 総合治水といっても、それを進めるには旧来の行政組織に根強く染みついている「縦割り」的発想や仕事の仕方を根底から改めなければ前へ進まない。文字通り「総合的発想」にもとづき、あらゆるセクションを超えて総合的に取り組むことが不可欠である。「総合治水」を頭の中では理解していても、具体化していくときに縦割り的体質が払拭できていないから委員会の議論としばしばすれ違いを起こしがちである。いわゆる「総論」では理解できていても「各論」についていけない状況が生まれがちである。
 長時間に及ぶ諸会議には、委員の数を上回る関係職員が同席し、時には委員と丁々発止の議論を行う中で、総論から各論への変化の糸口をつかんでいく。いわば、膨大な時間を費やした諸会議は、具体的な実践課題をめぐっての職員研修の場でもあったわけである。
 もっとも、委員は途中個人的な都合で退任した二人を除いて全員が7年間交代なしに継続して審議にあたったが、職員は毎年の人事異動で次々に交代し、参事や課長級の責任者も何人もが入れ代わった。そのたびに議論は振り出しに戻ったり、蒸し返しを余儀なくされることもあったが、武庫川に携わる県庁職員だけでも百人に上るといわれているから、この間に委員会審議を体験した職員の数は膨大になる。
 仕事がら、自治体の職員研修にはしばしば関わっているが、職員研修の真骨頂はそれぞれが担当している業務の中で変革や改革を実践的に学んでいくことにある。一般論として講義を聴いただけでは、「総論」的な理解にとどまり、実践に生かされないことが多い。そうした観点からすれば、せっかくの第三者機関は多様な観点から行政のあり方、仕事のあり方を見直す実践的研修の場として生かしていくことができるのにもかかわらず、おざなりな審議機関にとどまっていることが多いのは壮大なムダといえるかもしれない。

四、新しい「川づくり」への提言―武庫川モデルの創出へ

 武庫川流域委員会が知事から諮問を受けたのは「河川管理者が提示する河川整備基本方針および整備計画の原案についての意見」だった。委員会は原案作成の指針となる提言書をまとめるために、超長期に及ぶ整備基本方針と、当面二〇〜三〇年間に行う整備計画の審議を重ねた。国が管理する直轄河川(一級河川)では、流域委員会に諮問するのは整備計画だけで、整備基本方針は国土交通省がつくり河川審議会にかける。都道府県管理の二級河川でも基本方針段階から諮問するケースは少なく、兵庫県でも県管理の三十四水系の中で基本方針から諮問したのは武庫川を含め三水系にとどまる。
 整備基本方針は計画規模によって百年、二百年に及ぶ超長期の基本方針だが、この中で設定される「基本高水」と呼ぶ膨大な想定洪水量がダム計画の根拠とされてきた。武庫川流域委員会では当初、この基本高水の想定の妥当性について延々と議論する中で、この想定洪水量がダム建設と密接に結びついていることを確認するとともに、現行河川法が基本高水を出発点とした整備計画を策定することを規定している中では、この論理の矛盾を認識しながらもこれを突破する力量を欠いていることを認識せざるを得なかった。

 ところで、委員会は当初から、法定の用語は別にして「河川整備」という表現を極力避けて「川づくり」「武庫川づくり」と呼ぶようにした。委員会の委員が編集員会をつくって責任編集してきたニュースレターは膨大な審議経過を毎号報告してきたが、このタイトルも「武庫川づくり」と称した。「河川整備」という表現は、いかにも行政主導の響きがあり、住民が主体的に関わるには敷居が高い。このため、住民主体で住民の発想を大事にした「まちづくり」という表現を援用し、「川づくり」「武庫川づくり」と称した。土木建設事業の中でも最後まで“官主導”を残してきた河川行政において、流域住民が川づくりに参画し、基礎自治体も当事者として関わるという意味でも、こうした言葉の使い方の持つ意味は少なくなかった。
 
 こうした武庫川の川づくりは、二年半の時間をかけて二〇〇六年八月に取りまとめた「武庫川の総合治水へ向けて」と題した提言書に盛り込まれた。提言書に示した武庫川の川づくりが「武庫川モデル」という性格を持つのは、次の七点に象徴される。
 第一は、〜躪膽水へ全面的に取り組む 基本方針から審議し、提言する 「参画・協働」を推進するために、徹底的な討議で合意形成をめざす―という「三つの方針」を掲げたことである。第二に、この方針に基づき、[域対策を全面的に展開する ⇒水専用ダムなどの既存ダムを治水に活用する まちづくりの視点を生かし、危機管理の具体策を提言する の域連携の川づくりへの具体策を提言する―という「四つの展開」をめざした。
 また、マスコミ等では「武庫川ダム計画の可否」だけが焦点とされたが、流域委員会はダム建設の可否を検討するための委員会ではなく、武庫川における「新しい川づくりのあり方と具体策」を検討することを基点に置いた。すなわち、「ダムありき」「ダム反対」の議論から始めるのではなく、「総合的な治水のあり方を検討した結果として、ダムが必要かどうか」を判断するにすぎない。この結果、超長期における将来の不特定要因への対応は先送りし、当面の具体的な計画(整備計画)では新規ダムは不要であることを明確にしただけである。その意味では、一部から出ていた「ダム反対論者の集まり」という委員会非難は全く的外れな批判であることは明瞭だった。長い審議の経過を詳細にみれば分かることである。これが第三の特色である。
 第四は、溢れることを許容する治水思想と既存インフラの活用に重点を置いたことである。農地やため池等を含めた流域全体で大雨の流出を一時的に抑制する流域対策を積極的に活用するとともに、結果として自然湛水する上流域の農地を積極的に位置づけ、既存の水利専用ダムを治水に活用する方策、水害に備える市街地の耐水都市政策の導入、堤防強化による流下能力の向上などを説いた。
 第五は、危機管理への対応を重視したことである。これまでの河川行政でも“建て前論”的な危機管理は唱えられてきたが、現実に即した実質的な危機管理になっていなかった。河川整備計画は堤防や護岸から余裕高を引いた「計画高水位」を基準にしているが、掘り込み護岸では護岸の天端まで水位が上がっても致命的な被害にならない。しかし、築堤区間では堤防を越流すれば土盛りの堤防が決壊する危険性が高まる。越流しても壊れにくい堤防に補強強化すればいいのだが、技術的な基準が十分ではないなどを理由に抜本的な対策が講じられていない。危機管理の要諦は、もっとも脆弱な部分を補強し、破綻しにくくするのが肝心なのだが、そのような発想になかなか立てていない。
 武庫川の整備基本方針や整備計画では、治水の目標を「どのような規模の洪水でも壊滅的な被害を回避する方策を講じる」ことを明記した。従来の治水の考え方は、計画高水位の範囲内での対応を目標とし、それを上回る洪水によって堤防の決壊等が生じたら「想定外の洪水」という責任回避論を持ち出しがちであった。武庫川ではこのような“治水思想”から脱却し、どのような規模の洪水に対しても被害を最少にするための減災対策を重視した。阪神・淡路大震災の経験から、自然災害は防ぐことはできなくても、被害を最小限にすることは可能であるという「減災の思想」が生まれたが、武庫川では河川災害にこの考え方を導入した。
 この結果、これまでは河川整備計画としては軽視されがちであった内水被害対策、すなわち武庫川からあふれる洪水でなく、氾濫域等で降った雨を排水できなくて浸水する水害についても川から溢れた洪水同様に重視し一緒に取り組むことの重要性も提起した。また、水害に備える都市と土地利用政策としても、人口減少時代を奇貨として浸水常習地帯や危険地域への立地規制や緩衝地化を図るなどの土地利用規制やその誘導策、建物の耐水構造への転換なども重要な視点である。これらの対策を自助・共助・公助のバランスが取れた役割分担と具体的な施策につなげていくことも重視した。
 第六は、まちづくりと環境の視点を川づくりに取り入れたことである。「まちから見た川」と「川から見たまち」の二つの視点を交錯させながら川づくりを考える。武庫川峡谷の景観論争や河川空間の持つ意味と実際の役割など、河川景観が持つ総合的な視点を大事にすること。上下流の連携が持つ意味とその重要性は、兵庫県が唱える「森・川・海再生プラン」と総合治水をすすめるうえで重要性が増す。
 第七に、総合治水を推進するためには、河川管理者(県知事)と流域自治体の責任がともに大きい。両者が緊密な連携と協働関係に立つことを強調した。また、流域連携の主役とその要は流域住民であり、地方分権時代を先取りするかたちで「流域自治」「流域民主主義」を育てていかねばならないことも提起してきた。

五、総合治水をめざした具体的な展開

 縦割り型行政組織における河川行政は、これまで河川行政の管轄下にある「川の中」だけで「治水」と「利水」を考えてきた。地上に降った雨が河川に流入すると、それを川から溢れさせることなく海に流下させることを至上命題としてきた。結果として、百年に一回、二百年に一回という洪水を制御するため次々にダムを建設するという論理的必然を見出してきた。
 こうした対応に限界があるのは、火を見るよりも明らかであった。一九九〇年代以降は財政窮迫も相まって、降った雨が川に流入するのを制御・抑制する「流域対策」や「川から溢れることも許容する」方針が国の審議会等で取り上げられ、個別施策にも少しずつ反映するようになった。これらを取り入れた治水対策が「総合治水」だった。河道を掘削したり川幅を拡げたり、堤防を強化する「河川対策」に加えて、さまざまな「流域対策」を併用しながら河道への流入量を制御・抑制するとともに、万一川から洪水が溢れても、致命的な被害を避けるための遊水地や耐水都市づくりなどの「減災対策」を流域全体で取り組んでいく方策である。

 流域対策や減災対策は、全国的には各地で幾つかの対策が取り入れられているが、武庫川ではこれらを可能な限り「全面展開」する方針で審議を重ねた。とりわけ流域対策は、〇確咾諒歐綉’修鮃發瓩訛从 ⊃綸弔簇地などの農地の維持保全によって保水力を高める一方、大雨の際には水田に一時的に貯留して川への流出を遅らせる“田んぼダム” 8園や学校のグラウンド、大型店などの大規模駐車場に一時的に貯留して流出抑制する仕組み こ堂板蹐任留水貯留や地下浸透を図る方策―など、流域における最大利・活用可能量を算出して、流出抑制効果を推し量った。
 これらの対策は、いずれも農家や山林の所有者、学校や公園・施設の管理者や事業者、各家庭の協力が不可欠である。あらゆる行政部門の総合的な取り組みが必要になることや、効果の確実性を担保できないという行政側の判断から、基本方針や整備計画に数値上取り入れられたのはわずかにとどまった。しかし、効果目標を計画上に数値化し、全面的に取り組むことを掲げたのは画期的な計画には違いない。
 武庫川の上流部では、大雨の際に川への排水ができないままに田畑に“自然湛水”する形で、川への流入が妨げられる自然遊水地がしばしば生まれる。結果として河川への洪水負荷が減少しているのは間違いないが、流出抑制量の算出が困難であることや流出抑制の確実性を担保できないことなどを理由に河川工学的な流出抑制量にカウントされなかった。こうした問題に直面するたびに、河川行政で行われている効果目標の数値化の限界性を感じ取った委員が少なくない。

 河川対策では、従来は流下能力の不足分について新規ダム建設によって下流域への流下量を調整する考え方に特化していたが、武庫川では新規ダムの建設の前に既存ダムの有効活用に目を向けた。武庫川には、支流に5つの水道用利水専用ダムと一つの多目的ダムがある。これらを治水にも活用したり、治水容量を一時的あるいは恒久的に増やすことによって、新しいダムを建設するのと同じ効果を発揮させようというものである。すでに国は電力ダムなどでこの考え方を実施しようとしているが、武庫川では水道用ダムについてもこれを全面的に実施しようというものである。
 具体的には、ダムの集水域が全流域面積の二割を占める神戸市水道局の千苅ダムを治水に活用すれば、新規ダムを建設するのに匹敵する効果を発揮できるという提案だった。これには、県が利水権者である神戸市と交渉するハードルを今次の検討期間中には越えることができずに先送りされたが、人口減少や水道需要の減少等が将来的に見込まれるなかでは有力な選択肢として推進されるべきであろう。
 また、洪水時に一時的に川から遊水地に誘導し、下流へのピーク流下量を抑制する方策については、本川流域の遊休地や農地等を具体的な候補地として検討したが、当面は県有地である流域下水道処理施設の将来拡張用地の一部を転用する対策だけが採用されるにとどまった。この場合にも流域対策と同様に河川行政の管轄外の管理者や事業者の協力を得ることになるため、縦割り行政の枠を越えた総合的な行政の推進と対応が不可欠になる。

 二〇一〇年十月に委員会が答申して年末に策定された整備計画では「新規ダムは社会的な合意形成が得られないうえに、完成するまでに十数年の時間を要し、整備効果を早期に発揮できない」ことを明確にし、次期計画以降の検討課題として“先送り”した。その結果、整備目標流量の大半を河床掘削等により河道断面を広げることで対応する計画になった。

 この場合に重要になるのは、河床掘削等による大規模な河道工事によって河川環境が悪化することである。これに対しては、「武庫川水系に生息・生育する生物及びその生活環境の持続に関する二つの原則」を掲げ、具体的な施工計画について専門家による評価・検証を行っていくことも明記された。
 河川環境について特筆すべき点は、かつて武庫川に多数生息していた天然アユを武庫川の「シンボルフィッシュ」と位置づけて、関係機関や地域住民の参画と協働のもとに「天然アユが遡上する川づくり」をめざすことを宣言したことである。武庫川のように河川環境が悪化している大規模河川での宣言は、大きな意味を持つことになる。

六、整備計画策定後の課題と流域連携の取り組み

 兵庫県は整備計画の策定と併せて、流域七市とともに総合治水推進協議会を発足させて「総合治水推進計画」を策定した。県と流域自治体、そして個人と団体を含む流域住民および事業者がどのように連携して取り組んでいくかが、武庫川モデルの成否を決める。
 仕掛けの一つは、流域委員会のあとを受け継いで計画の進行管理をチェックしていく「フォローアップ委員会」である。流域委員会と同じく、流域住民と学識者等によって構成されるが、どのようなメンバー構成と運営、計画推進と個別事業への関わり方をしていくかが当面の焦点になる。計画進行のあらゆる段階で「参画と協働」とともに「点検・評価」のPDCAサイクル(計画、実行、評価、改善)の考え方にもとづいた進行管理をしていくことをうたっているが、具体的なやり方はすべてこれからの課題。走りながら手法を磨いていくことになる。
 したがって、こうした仕組みがどのように機能していくかをチェックしていくことが大切だが、フォローアップ委員会に過度な期待を抱くのではなく、流域住民による“流域市民力”のエンパワーメントを図り、流域住民同士の連携や協働、自治体との連携・協働、そして河川管理者である県との連携・協働の実を挙げていくことが重要である。
流域ではすでに、流域委員会の過半数にのぼる有志委員が呼びかけて、中核メンバーとして活動している「武庫川づくりと流域連携を進める会」(略称・武庫流会)がNPOとして四年間の活動実績を持っている。天然アユ溯上復活をめざすシンポジウムや、上流から下流までの水質調査を毎年積み重ねているほか、川に関心を持ち川に親しむ活動、「武庫川ガイドブック」の出版などを自立的に進めている。
いま、この団体が中心になって武庫川流域の市民・住民団体の一大連携組織をつくろうと呼びかけ準備をしている。また、専門家を中心に、大学はじめ市井の研究者などを網羅した「武庫川学会」のような調査研究組織の立ち上げも計画されている。
こうしたそれぞれの立場から、武庫川への関心を高め、役割を分担しながら行政の区域を越えた流域の取り組みが広がっていく延長線上に、新しい流域自治の仕組みが浮上してくるはずである。それはまた、地方分権のめざす「補完性の原理」、すなわち、住民に最も身近な行政は、住民に最も身近な自治体がすべての責任と財源を持って行うことを、川づくりのうえでも実現していくことにつながっていくであろう。
兵庫県の井戸知事はすでに、流域委員会の答申にもとづき、総合治水条例を制定することを表明している。総論から各論への展開が課題になっている総合治水を、全県的に進めるための根拠条例である。「武庫川モデルの全県への展開」が空念仏に終わらないためにも、条例制定がその後押しになることを願うばかりである。

(追記)

1. 武庫川流域委員会は、2010年10月5日の最終答申で実質的な審議を終えたが、11月末にも運営委員会を開催してパブリックコメントについての協議も行った。最終答申書(整備計画原案についての意見書)はじめ2006年8月の提言書、整備基本方針や整備計画等、審議経過と議事録、公表資料の詳細については、兵庫県のホームページ内にある武庫川流域委員会のサイトを参照されたい。URLは下記の通り。

http://web.pref.hyogo.jp/hn04/hn04_1_000000070.html

2. 最終答申書の提出の後、兵庫県は「総合治水条例」(仮称)を制定する方針を明らかにしているが、武庫川モデルと総合治水を全県に広げていくためのシンポジウム「武庫川からはじめる総合治水」を4月2日(土)午後1時30分〜4時30分に、尼崎市総合文化センター「アルカイックホール・オクト」で開催する。
 九州大学大学院の島谷幸宏教授が福岡市における市民共働型治水の実践について基調講演するほか、筆者のコーディネートで井戸敏三兵庫県知事を含めたパネルディスカッション「県民の総意で取り組む総合治水の実現をめざして」を予定している。

最終更新時間:2011年04月17日 18時01分11秒