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武庫川流域委員会の提言と総合治水の実践


流域住民が取り組む新しい川づくりの試み

武庫川流域委員会の提言と総合治水の実践

月刊「むすぶ」2007年4月号掲載(ロシナンテ社)
 松本 誠(武庫川流域委員会委員長)

 日本の河川行政が「百年ぶりの大転換」をした一九九七年の河川法改正から、ちょうど十年が経った。治水、利水優先から環境を重視する方向へ転換し、河川管理者である国(建設省、国交省)と都道府県が流域住民や地元自治体の介在を許さなかった河川行政から、住民参加の行政に遅まきながら追いつこうとした大改正であった。そうした転換点から十年を経た時期に、淀川や吉野川、利根川などに見られる“流域委員会方式はずし”という「国交省の姿勢の逆流」が顕在化したのは皮肉な側面であるが、環境重視と住民参加の行政への転換は、歴史の大きな奔流であり、流れに掉さすことがいかにドンキホーテ的な動きであるかは、ここ数年の時の流れが証明することであろう。

 そのような状況の中で、兵庫県知事の管理する二級河川である武庫川の河川整備のあり方を二年半にわたって検討し、昨年八月末に「武庫川の総合治水へ向けて」と題した提言書を提出した武庫川流域委員会の問いかけは、これからの新しい川づくりの方向とアプローチの仕方を提起したものとして注目されている。
 ここでは、武庫川流域委員会の提言の持つ今日的意味合いを整理し、住民参加の川づくりをすすめていくための課題を提起しておきたい。

一.武庫川とダム計画の変遷

 兵庫県知事が管理する二級河川である武庫川は、丹波の中山間地から大阪湾に面した都市部まで流れる全長約六十五船瓠璽肇襦⊆鳥魁∋暗帖⊃生融塰牟茵∧塚、伊丹、西宮、尼崎の七市を流域に持ち、下流部の氾濫域を含めると約百万人が暮らしている。支流には五つの利水専用ダムと一つの多目的ダムがあるが、本川にはダムがない。上流部にあたる三田市や神戸市の北区で大規模な宅地開発が行われ、流域全体の保水・遊水能力が低下しているため、いったん豪雨に見舞われると一気に増水して洪水が起きやすい。

 兵庫県は一九七九年に、宝塚市の市街地のすぐ上流から武田尾温泉付近までつながる武田尾渓谷(武庫川峡谷)へのダム建設予備調査に着手し、以来ダム建設計画を進めてきた。九三年に「武庫川ダム」として事業採択されたころから、渓谷の環境破壊を懸念するダム反対運動が広がり、河川法の改正もあって県は二〇〇〇年九月にダム計画を白紙に戻すことを表明し、「治水対策に対する合意形成の新たな取り組みを行うとともに、遊水地や雨水の貯留、浸透等の流域での対応も含めた総合的な治水対策の検討を進める」ことに踏み切った。

 九〇年代後半のダム建設への逆風の中で、一時は旧建設省によるダム事業総点検によって「足踏みダム」に指定されたり、指定解除と同時に提出した「環境影響評価概要書」に対して七百八件もの意見書が出され、県の環境影響評価審査会が事実上の計画見直しを盛り込んだ答申を出したこともあるが、阪神・淡路大震災以降「参画と協働」を県政の大きな柱に掲げてきた兵庫県にとっては思い切った決断だった。
 

二.「参画と協働」のプロセスを重視した武庫川流域委員会

 「環境重視」と「住民参加」という河川法改正の趣旨を踏まえて、兵庫県は昨年八月までに二十七の流域で委員会を設置し、十九箇所で審議を終えていた。しかし、武庫川ではダム問題の長い経緯があることから、他の流域とは異なり、より住民参加を徹底した方式で進めてきた。

 まず、委員会の設置にあたって、ダム反対運動に取り組んできた住民を含めた住民参加の「準備会議」を設置し、一年間にわたって公開の会議の場で流域委員会の位置づけや運営方法、メンバー構成と人選まで行い、知事に提言書を提出した。知事の諮問機関の発足にあたってこのようなアプローチをしたケースは画期的であり、少し早く先行していた淀川水系流域委員会の方式を学んだものでもあった。

 二〇〇四年三月に引き続き発足した武庫川流域委員会は、二十五名の委員のうち十名は六十五名の応募者から準備会議が選んだ公募委員であり、推薦により選ばれた専門委員にも、河川や環境関係の専門家のほか、財政や法律、まちづくりなどの専門家も入った。流域住民である公募委員の多くも、武庫川の環境問題や流域のまちづくりに長年取り組んできた人、環境やまちづくりを専門とするコンサルタント、森林や砂防行政にかかわってきた経験を持つ人など、それぞれに専門知識を持つ人たちであった。

 委員会は計四十九回におよぶ全体委員会を月に二回のペースで開催するとともに、専門的な課題に対応するためにワーキングチームやワーキンググループの会議を設置し、一般の流域住民の声を聞き委員との意見交換をする「リバーミーティング」を二ヶ月に一回のペースで開いてきた。委員会の運営の一切を取り仕切る運営委員会を含めると、二年半で二百二十九回の会議、延べ千時間近い協議を重ねた。
 
 膨大な討議時間を費やしたのは、「住民合意のもとに川づくりをすすめる」という委員会設置の趣旨を尊重するために、安易な多数決による意思決定を可能なかぎり避けて、大多数が納得できるまで議論を尽くすことを重視したからである。新規ダムの取り扱いなど整備計画の重要な部分では、当初は二分されていた意見が終盤では圧倒的多数の意見に集約することができたのは、こうした運営方式が寄与した側面が大きい。
もちろん、委員会の運営や審議を進めるにあたっては、「公開の原則」と「自主運営の原則」を基本とし、透明性の確保や審議の順序やスケジュールも委員会の主導で行ってきた。

三.総合治水の全面的な展開めざす

 これまでの治水対策、とりわけ戦後は川底を掘削し、強固な堤防を築き、上流にダムを建設して洪水を川の中に封じ込めることを重点に置いてきた。しかし、このように「川の中だけで治水対策を考える」ことには限界があるだけでなく、自然環境や水循環に悪影響があり、財政的な負担が大きいことから、流域全体で降雨が川へ流入することを抑制し、「川があふれる」ことも考慮した「総合治水」の考え方が広がってきた。森林の保水力を高め、農地やまちの中に一時的な遊水地や雨水貯留施設などを設けることに、流域全体で保水・遊水機能を確保する。他方では、川から水があふれても最小限の被害ですむように建築や土地利用に配慮しておく総合的なまちづくりの視点を組み入れることである。

 武庫川流域委員会は、このような総合治水を全面的に展開する「武庫川づくり」をめざし、森林や水田、ため池、学校や公園、防災調整池などを活用した流域対策の具体化を盛り込み、他方では上流部での遊水地の確保や既存の利水ダムの治水活用、多目的ダムでの実質的な治水容量の増量などを提案した。利水ダムの活用は、上水道の需給動向を検討し、今後の人口減少や水源の広域融通(活用)などを考えると利水容量の転換は可能であると指摘している。

 また、まちづくりの視点を重視し、流域の景観や河川空間の活用の見直しとともに、河川への負担を軽減する土地利用政策と、水害に備える都市と土地利用を進めていく具体策も盛り込んだ。雨水の流出増をもたらす開発規制や街区と建物の耐水化、浸水危険地区の土地利用規制、河道拡幅を都市計画事業と連携して進めることの具体案を提言した。さらに、どんな計画を立てても洪水が川からあふれる危険性に備えた危機管理対策について、行政と住民が連携して普段から備えておくことの重要性と具体的な対応策を総合的に提言したことも特徴の一つである。

四.「整備計画では新規ダム不要」と現実的な選択肢示す

 流域委員会の検討で焦点とされてきた旧・武庫川ダム計画の取り扱いについては、二つの観点から結論を出した。

 一つは、新規ダム計画は渓谷の自然環境はじめ環境面で問題点を抱えており、環境面での調査・検討は環境影響評価審査会が計画の見直し答申を出して以降進展がなく、現時点では環境面を含めたダム計画の可否について検討する材料が欠けていることである。委員会の審議の土壇場になって県が慌てて既存資料を整理して提出した検討資料も、ダム計画の可否を検討する材料にはなり得ないことを明確にした。

 したがって、超長期の検討課題である「河川整備基本方針」のレベルでは、他の選択肢を優先しつつ新規ダムも選択肢として残すことにした。しかし、三十年間の整備計画では新規ダムを位置づける根拠に欠けることから、河川内の洪水調節施設としては新規ダム以外の代替案を優先的に検討し、整備目標流量との関係からも新規ダムは不要とした。

 もう一つの観点は、整備計画目標流量との関係である。武庫川では全国的にも数少ない「基本方針からの検討」が流域委員会に諮問された。一級河川では「基本方針」は国交省の“専権事項”とされ、住民参加の流域委員会は「整備計画」だけしか諮問されていない。二級河川でも流域委員会に基本方針から諮問したところは少なく、兵庫県でも武庫川、千種川など3件のみである。このため、武庫川流域委員会は河川整備の目標になる

 「基本高水」についての検討に多くの時間を費やし、激論の末、一応の設定は行った。この結果、現時点では基本高水に対応する洪水調節施設のメドを立てられないことから、基本方針では新規ダムも選択肢に残すことになった。
しかし、整備計画は三十年という具体の計画であることから、工事と費用面等で実現可能な対策を検討し整備目標流量との整合性を図ることになったため、新規ダムなしでも対応できるという結論になった。

 この点については、提言提出後も県は「整備計画の目標が低い」という視点から、新規ダムの選択の可能性を検討することに重点を置き、整備計画の原案を作成するまでに三ヵ年かけて独自の環境等の調査も行うことを明らかにし、計画の策定時期を大幅に後送りしている。

五.住民参加の川づくりを進めるために

 武庫川流域委員会の提言から半年あまりが経った。提言は県が「基本方針」「整備計画」の原案を作成するための指針としてまとめたもので、委員会の最終的な答申は、県がこれから作成する原案に対する意見を取りまとめることにある。その意味では、まだ第一段階の提言であり、委員会はあと三年余は継続していくことになる。

 九〇年代以降、飛躍的な市民活動の広がりと市民参加の拡大の中で、川づくりにおける住民参加はまだ始まったばかりである。その段階で、国の政策はほころびを見せ始めているわけだが、国と地方の財政破綻や地方分権の推進の中で、行政とまちづくり、国土づくりにおける住民・市民の参加の拡大は不可避でもある。河川行政は住民参加では最も“後発組”ではあるが、川が本来もっている機能や住民と暮らしへの結びつきからすると、住民参加の拡大を抜きには今後の治山治水事業も進められないのは自明である。

 武庫川流域委員会は提言の中で、章を設けて「流域連携」を進めていくための方策を提案している。流域の住民や住民組織同士の連携を基本に、これまでは河川管理には関係ないというスタンスをとってきた流域自治体(市町村)の役割の増大、自治体と住民や事業者(農水産業はじめ各種産業)との連携抜きに、新しい川づくりは進められないからである。

 武庫川ではダム問題が大きな影を落として長年の間、ダム反対運動以外の住民の連携が生まれず、住民と行政の連携の芽も生まれていなかった。しかし、兵庫県内はもちろん、全国的にも多彩、多様な流域連携が活発に進んでおり、それらが新しい川づくりの推進力になっている。

 県の諮問機関である武庫川流域委員会が、「武庫川づくり」のロゴやシンボルマークを作ったり、いま委員が手弁当で「武庫川ガイドブック」の出版に汗しているのも、そうした流域連携が生まれなければ、新しい川づくりは進まないと痛感しているからである。
 流域はもちろん、流域を越えた連携がひろがっていくことを期待したい。

                              (まつもと まこと)

最終更新時間:2008年01月06日 21時47分40秒