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まこと日誌/2007-7-10


明石の「欠陥住宅を撲滅する会」がNPO法人に

 8日の日曜日午後、明石駅前の男女共同参画センター会議室で「NPO法人・欠陥住宅を撲滅する会」の設立記念フォーラムと題した集まりがあった。明石の東部、松が丘北町に住む建築家の市成照一さんが、「住まいのドクター・WING」という建築事務所を営みながら3年前から明石を拠点に取り組んできた運動を、NPO法人として立ち上げたものだ。
 彼を支えてきた土地家屋調査士や宅地建物取引主任者、ファイナンシャルプランナー、そしてNPOセンターや明石のまちづくりを共に担う「まち研」(明石まちづくり研究所)の仲間たちが駆けつけて、新しい出発を祝った。

 市成君は、ひと目会ったら忘れられない人だ。自ら「てるりん」と愛称で呼ぶ。名前の「照一」と丸めた頭をトレードマークにしているのだが、頭を丸めたのは、建築家として欠陥住宅の撲滅に取り組むという決意表明でもある。もとはハウスメーカーに勤めて、建築技術者と営業を掛け持って仕事をしていたが、ハウスメーカー業界の建築倫理観に欠く営業ぶりにいたたまれなくなって、何回かぶつかった後、独立した。一時は業界では常識でもあった一級建築士の“名義貸し”業務にも矛盾を感じ、そうしたやり方が欠陥住宅蔓延の温床になっていることに気づき、自ら名義貸し拒否を宣言し、業界から事実上締め出された。

 3年前の年初め、欠陥住宅撲滅に取り組むことを“天の声”と決め、頭を丸めて奔走をはじめた。大阪や明石で何人かの人たちにめぐり合い、2004年の秋から本格的に明石から運動を始めた。その人的ネットワークに、私をはじめとした「まち研明石」のメンバーもいた。

 会合で指名を受けて、私も欠陥住宅との古くからのかかわりを紹介し、連帯感を表した。私が欠陥住宅に遭遇したのは、もう四半世紀も前になる。明石駅前の分譲マンションに住んでいたころの1980年ごろのことだ。管理組合の役員が回ってきて、長期修繕計画について議論していた際に、断熱材の施工不良から結露が激しいだけでなく、外壁のクラックなどにも影響していることがわかり、専門家に鑑定を依頼し、大手の施主や施工者との交渉で瑕疵責任を認めさせた経験である。

 この過程でめぐり合った人たちで当時発足したのがマンション管理組合の連合体の草分けである「関西分譲共同住宅管理組合協議会」(関住協)であり、3年後に立ち上げた「マンションドクター」の集合住宅維持管理機構である。もう20年、25年の長きになるが、マンション暮らしから戸建住宅に移っても、いまだにこの二つの団体の役員を続けている。居住形態はどうあれ、住まいが暮らしの基本であり、まちづくりやコミュニティーの要であるからである。

 関住協も集合住宅維持管理機構も欠陥建築にもかかわることが少なくないが、市成君の戸建住宅を中心にした欠陥住宅撲滅運動とも接点が生まれたのは、歴史のめぐり合わせなのだろう。喜んで賛助会員に加えていただいた。
 「明石発」の欠陥住宅撲滅運動が、何らかのインパクトを与えていくことを期待したい。

最終更新時間:2008年01月06日 21時54分30秒